葛藤








ゲルハルトは一人酒場に居た。
喧騒の中、浮かんでくるのはある少女の笑顔。


「くそっ、こんなんじゃ仕事になりゃしねえ」


小さく吐き捨て酒を捨て酒をあおる。
このまま酔ってしまおうか。
心配げな少女の顔が浮かぶ。
確か前に一度べろべろに酔ってハインツの親父につかみ出されたところを彼女が心配げに追いかけてきたことがあった。
また助けられては男がすたる。

あからさまな態度だと思うんだが・・・

ごちてまた酒を一口。
ひどく鈍感な彼女は自分の思いに気がつきもしない。
俺も鈍感なほうなんだが。
自嘲気味に笑い酒が注がれた器を見つめた。
そのとき、ちりんちりんと子気味良い音がしたかと思うとその”彼女”が酒場に入ってきた。


「お、姉さん。こんな真昼間から酒か?そこの男みたいになっちまうぜ」


ハインツがどこか楽しげに目前の少女に問う。
カウンターに座っていたゲルハルトは思わずむせた。


「もー違いますよ依頼ですよ依頼!・・・あらゲルハルト、また酔わないでよ〜」

「げほげほ、この前は・・・その悪かった!」

「まあシスカさんも居ないしね、あんまり無理しないでね?」


そんなふうに言ってくれるのはお前だけだ。
言葉になりそうになったが彼はそれを飲み込んだ。
上目遣いで睨んでくる少女。
自覚はないんだろうがあまりに可愛すぎる。
抱きしめたい衝動を抑えゲルハルトは席を立った。


「おいおい、まだ残ってるじゃねえか」

「いいんだよ。もういらねえから。残りは、そうだなリリーにやるよ」

「えっ!?でも・・・」

「なんだ?俺と間接キスは嫌か?」

「い、嫌じゃないけど・・・でもその、昼間だし・・・私酔ったらたち悪いらしいしっ」

「大丈夫だって。これはビールだからそんなにアルコール度数高くねえよ」

「そうだよ姉さん。わしの経験上、それだけで酔った奴はいねえな。まあ多量に摂取すれば酔うだろうが」


ハインツはニコニコしながらゲルハルトのビールをリリーに勧める。
この国ではとくに20歳未満は飲酒禁止だとかいう法律はない。
まああまり子供には進められないが、その辺は自制してもらいたいところだ。


「姉さん、実は恥ずかしいんじゃないのか?」

「そ、そんなんじゃないですよっ!!」

「リリー、俺はどうでもいい奴に自分の酒を勧めたりしねえよ」

「・・・え・・・それって・・・」


ゲルハルトは不意にわしゃわしゃと自分の髪を掻いた。


「ま、その、なんだ。この前の礼っていうか・・・」

「ふーん。安っぽいお礼ね」

「おまえな・・・」


反論しようとするとハインツの豪快な笑い声にさえぎられた。


「がははは!姉さんも言うようになったな!」

「イングリドの受け売りですけどね〜」


からからと笑う彼女は一輪の花のようだった。
もう一度髪を掻くと、彼はドアに目をやった。


「俺は武器屋にいるから、採取に行くときは呼べよ?」

「うん、ありがとうゲルハルト」


にこりと笑う少女は彼には眩しかった。
この微笑みのそばにいたい。そばにいて、守ってやりたい。



今はまだそれだけで。










あとがき


短いです。
珍しく短くまとまった感じです。
ゲルハルトの独白のようでそうじゃない微妙なところです。
まだ恋人関係にはなってない二人!
ちゃちゃをいれる酒場のオヤジ!