約束








まるで夢のようだった。

絶対に断られると思っていたのに彼は来てくれた。
久しぶりの外出、久しぶりの女物の着物。
普段の男装がすっかり板についた千鶴だったが、周りの平隊士に雪村千鶴とばれないようにと、
今は髪を結い上げ女物の着物を着ることで土方副局長の彼女を演じることになった。
話を聞く芸者さんほど小奇麗にはなれなかったが、どうやら女として生きてきた今までの勘は衰えていなかったらしい。
さくさくと着替えることができたし、君菊さんにもらった化粧道具もすんなりと使えた。
・・・それなりにはなったと思う。

この戦のご時世でも人々は娯楽を求める。
半月に一度は大掛かりな祭りが行われそれが今夜だ。
気分転換に行って来るよう近藤局長に言われ、そのお目付け役に幹部を一人選ぶことになった。
千鶴は最も息抜きが必要であろう土方歳三を誘うことにしたが、最初は鬼の形相ですっぱりと断られた。
予測していた千鶴はそれでも踏みとどまる.
唯一暇であろう永倉さんを誘うしかないと呟くと突然土方さんがOKを出してきた。
何故かわからないがありがたい。

そして屯所の玄関で待ち合わせをしていたが、じっと待っている間平隊士達がちらちらと好奇の視線を向ける。
正体はばれていないと思うが、誰かを待っている妾女と思われているのが少し居心地が悪い。
着飾り女となることで皆に気付かれる危険性はないが、なんだか物悲しい。
久しぶりの女物の着物はやはりしっくりくるなどとぼんやり考えていると背後から声をかけられた。


「・・・千鶴か?」


振り向くと目を見開いた土方さんが立っていた。


「はい、今日はよろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げる。


「あー・・・そうだな、でもあれだなやっぱおまえは女らしい格好してるほうがいいな」

「そうですか?結構男装にも慣れたんですよ?」

「ばーか」


困ったように眉根を下げる。


「似合うっつってんだよ」

「あ・・・」


思わぬ優しい表情に千鶴は真っ赤になる。


「ご、ごめんなさいお忙しい中私に突き合せちゃって・・・」

「こんな時まで謝んな、本当に嫌なら来ねーよ」


そっと手を取る。


「!?」

「・・・俺の女役なんだろ?堂々とそれらしくしてろ」


言い方はぶっきらぼうだが頬は赤かった。


「・・・ずるい人です」


もごもごと呟く。


「ん?」

「な、何でもありません!」


慌てて目をそらす。
それを見て男は苦笑する。


「確かに俺はずるい男だ、今夜はお前を独り占めしようと浮き足立ってるしな」

「き、聞こえてたんですか・・・」


笑いかけられてさらに顔が熱くなる。
しばらくうつむいて黙っているとつながれた手を強く握られる


「んじゃ、行くか」

「はい」




この夢のような状況が本当に夢だとしても、
いつまでも覚めないで欲しいと密かに願い、手を握り返した。













あとがき

まだ芸者姿になっていない時期です。
化粧といっても軽い物なので女物の着物を着ていないときっと隊士達にばれるでしょう。
まあ男装しても美少女は美少女ですからね、そんなに違和感はないと思われますが、
土方さんにとっては十分刺激的みたいだったようですね(笑)