戦乙女の事情







暖かい日だった。

晴れ渡る空、優しい風。
それと対照的などす黒いものが彼女の周りを埋め尽くしていた。
彼女の名はレナス・ヴァルキュリア。
戦乙女ともいう。
長い銀髪の美女だが言葉遣いが男勝りで変体メガネに見初められた戦乙女三姉妹の次女である。
何故彼女の周りをどす黒いものが覆っているかというと・・・今にさかのぼること昨日の午後の話(大げさ)


「明日は何の日でしょう?」

「さあ。ああ、ゴミの日かもな」

「ふふふ。照れた貴女は一段と可愛らしいですね」

「・・・・・ゴミの日で照れる女がか?」


(別に照れていないが)
レナスはじとっと男を睨んだ。
男の名はレザード・ヴァレス。このバカみたいに高い塔の当主でその近くの湖のほとりに彼らは並んで座っていたのだった。
つまりささやかなるデート中(?)だった。
彼は癖なのかメガネを指で押し上げた。


「明日は私たちが出会った最初の日ですよ」

「貴様が最初に私を見つけた日、だろ」

「見初めた日、です」

「どっちでもいい。つまり私が貴様に目をつけられた日なんだろ。災難の始まりだな」

「照れるのがまた可愛らしいですね」

「照れてなーい!あ、それ以上近づいたらニーベルン・ヴァレスティの刑だからな!」

「それが彼氏に言うセリフですか・・・」


どこまでも噛み合わない二人の会話は爽やかな風のみが知る。
そう、レザードの押しの強さに根負けして彼氏彼女の間柄になったのだが、まだキスどころか半径30センチ未満に彼氏は彼女に近づけないでいた。


「こんなにも愛しているのに近づけない・・・私を殺す気ですか」

「願わくば、死ね」

「知ってます?ウサギは寂しいと死ぬんですよ」

「そう」


(ウサギとはなんの関連性もない。寂しくて死ぬ玉か)
レナスはほくそ笑んだがレザードの眼鏡がきらりと光った。


「どうせ死ぬなら貴女に触れてからがいいですね」


目をじっと見つめる。


「今すぐにでも滅してやろうか」


刀に手を伸ばすレナスの手をレザードが制した。


「そんな物騒なもの、この場にふさわしくない」

「・・・近付くなと言ったはずだが」


刀を抜き去ろうとするレナスの手を制しているのはレザードの手だった。


「貴女は私が怖いのですか?だから鎧を身に着けてそんなにまでも私を警戒する」

「怖いわけがっ」

「お得意の技はどうしました?二ーべなんとかで私を滅するとあんなに張り切っていたのに」


じりじりと近づいてくる。
刀が抜けない。魔道士のくせに筋力は衰えていないのかしょせん男の力には及ばない。
それにニーベルン・ヴァレスティは遠距離を得意とする技だ。


「貴女が今ここに居るということは少なからず私を認めている証拠なのでは?」

「ち、近い」


じりじりと距離を縮めているかと思うとかなり至近距離に彼は居た。
もちろんその手はしっかりとレナスの手を掴んでいる。


「こんな形で・・・卑怯だぞ」

「別にとって食おうというわけじゃない。キス、するだけですよ」

「姉さんを呼ぶぞ」

「あの女は性根が腐っているから嫌いですね」

「・・・貴様に言われたらおしまいだな」

「なんとでも」


唇に暖かい物が触れた。


「っ」

「・・・ふう。ようやく触れた」

「・・・舌が入ってきたら、噛んでやろうと思ったのに」

「意外でした?」

「まあ・・・な」


そっぽを向いてもごもごと答える。
意外に優しいものだった。実はファーストキスなのだがこの年でそれは恥ずかしいと思う。
だから言ってやるもんかとそっぽを向いてはみたものの頬が紅潮するのは止められなかったらしい。


「顔が赤いですよ。もしかして初めてでした?」

「うううるさいな!こんなことくらい慣れている!」

「ほう?では何故そんなにも動揺するのです?」


ニヤリと笑う。


「貴女は本当に嘘が下手ですね。神界だから生きてこられたんですよ」

「ほっとけ!き貴様は慣れてるようだな・・・だから近いと!」

「まあ私は人間ですから。経験がないとはいえません。塔にこもる前の話ですが」


空いたほうの手でレナスの髪をすくう。


「私が例え不慣れでも貴女を傷つけたりはしない。愛していますよヴァルキュリア」

「何度聞いたことか」

「レナス、とお呼びするべきですか?」

「滅されたいか」

「まあそうですね。くくっ次回からは手加減しませんよ?」

「次回・・・か」


またこうして会えるのか心配していてのだがレザードはなにか都合のいいほうに考えたらしい。
にやりと笑う。


「何なら今すぐここで?二人きりですし実にいい環境だ」


言うや否や彼はレナスを羽交い絞めにして押し倒した。


「!!」

「貴女は私のものだ・・・」

「力ずくでどうこうしても絶対にひるまないぞ」

「もうすでに私の手中に落ちているじゃないですか。肉体的にも精神的にも」


そうしてキスを落とした。
それはもちろん舌が遠慮なく侵入してきた。


「あ・・・ふ・・・」

「そんな声を出されたら歯止めが利かなくなります・・・」


熱い・・・でも苦しくはなかった。
聞いていた話と少し違うがその舌から逃れることができなかった。
舌が絡み合うことで生まれる水音がいやらしい。
だけどこの愛撫におぼれる自分がいた。
レザードの手が服(鎧ともいう)の中に侵入してきてレナスは凍りついた。


「やっぱり、初めて、ですね?」

「・・・悪いか?」

「いえいえとんでもない。嬉しいですよ。・・・怖いですか?」


レナスは首を横に振った。


「何故だかそんなに怖くはない・・・貴様は変態だが分別はあると思っている」

「私にも名前があります。レザードと呼んでください」

「今さら名など呼べぬ」

「ではこの続きをさせてもらいますよ」


言うや否やレザードはレナスの鎧を取り去った。
中に服を着ている、二重構造だ。デートにこんな重装備で来るのもどうかしているが。
魔法なら一瞬だろうが彼は力づくでそうした。


「!こ、このド変態が!」

「愛のなせる業です。これのどこが変態ですか。貴女は男という生き物を美化していますね」

「ひょうひょうと言うんじゃない!こういうのは変態のやることだ!」

「別に何とでも言ってください変態でも変質者でも。これが私なりの愛の表現の仕方です」

「初めての女を湖のほとりで犯すとは変態以外の何者でもないだろう」

「ふーむ」


レザードは少し考えるふりをした。


「つまり場所が悪いと?」

「そうだが!いやそうじゃなく」

「こんないい環境なのに部屋の方がいいですか?」


言いたいことは違うがひとまずこの状況を抜け出せそうなのでぶんぶんと首を縦に振りまくる。


「仕方ないですね・・・明日までお預けですか」

「明日!?」

「はい。来なかったら魔術で呼ぶまでです」


にこりと笑う。


「今度は鎧はなしで(脱がせづらいんで)。何かあっても私がお守りしましょう」




ということで、のこのこと塔の前にやってきたレナスだった。

もちろん父親と姉には内緒だ。父親は神だがおそらくレザードには適わないだろう。
レザードは変態ながら頭は回るし魔術も大したものだ。だから消せなかった。

神をも凌駕したその力はレナスを引き付けた。
そこに愛情があるなら、いや愛情があるから今ここにこうしているのだろう。
最初は憎き敵だったが今は違う気がする。


一呼吸おいて、大きな戸を開けた。






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