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「いらっしゃいマセ〜」
出迎えたのは緑色の物体、つまりホムンクルスだった。
「・・・主人はいるか?」
「レザード様デスか?おられますョー3階にデスケド。呼びマショーカ?」
「いや・・・」
断りかけたとき男の声が響いた。
「来てくれたのですね歓迎しますよヴァルキュリア」
「呼び出しておいて出迎えも無しか」
「まさか来て下さるとは思わなかったので正直驚いてます」
と、さして驚いてない様子で続ける。
「誰にもいわずここへ?」
「言ったらお前、殺されてるぞ」
「殺される前に逃げるか殺るかどちらかでしょうね」
「・・・緑色のホムンクルス・・・がたいのいい男だった。なぜ女形にしなかった?」
「いきなり意外な所をつきますね。一重に言うと貴女が妬かない為です」
「?私が何を焼くと?」
「くく・・・強いて言えば、心、ですかね」
「そんなものは焼けぬ」
とんちんかんな会話だったが気がつけばレザードは近くにいた。
その登場は不意打ちだ。
もちろん私服なので剣も槍も持ち合わせていない。
Tシャツにジーパンといういかにもボーイッシュな格好だった、
この男と会うときにスカートは禁物だ。
「やはり、鎧をつけていないと違う魅力がありますね。ズボンなのが残念ですが」
なめ回すように見やがるのでつとめて無視する。
「剣はないが魔法は使えるぞ」
「私に適うとでも?」
「・・・」
もちろん適うわけがない。
彼はオーディンに勝るとも劣らぬ天才魔道士だ。
それを彼自身も知っているのだろう。
「私をここへ呼んだこと、後悔することになるぞ」
「そうですかね?」
余裕の笑みがまたムカつく。
「さあ中へ。外は寒いでしょう」
レナスはレザードに促され中へ入った。
それが災難の始まりであることに彼女が気付くのはもう少し先の話。
例のホムンクルスは掃除を始めた。
鼻歌混じりなところがいやいややらされているわけではないことを物語っていた。
「何かお飲みになりますか?」
「睡眠薬とかいれるなよ・・・」
「貴女も疑り深い方ですねえ。そんなことしませんよ」
「どうだか・・・ココアがいいな暖かいやつ」
「かしこまりました」
るんたるんたと上機嫌で去っていく男の姿を睨む。
何故ここに来たのか。
危険を顧みず私服で来たことを今さらながら悔やむ。
ふと見るとテーブルの上にクッキーらしき菓子が籠に並んでいた。
おいしそうでちょうど小腹がすいていたので手に取ってみる、
素朴な感じでやはりおいしそうだった。
いつもは決して食べたりしないがどういうわけかそれを食べずにはいられなかった。
ぱくりと一口。
「・・・うまいな」
「あれ、食べてしまいましたか」
レザードがココアを手に戻ってきた。
「・・・」
無言でココアをレナスの目前に置くと席に着く。
「・・・何ともないですか?」
「は?」
「そのクッキー、別名情進クッキーというんですよ」
「ジョーシン?」
「発情促進クッキーです」
げほっげほっ
思い切りむせる。
レザードは笑顔のまま続ける。
「小動物で試験済みですが人間に対してはまだその効能は不明でして」
「なっそんなものをテーブルに置くんじゃないっ!」
「ホムンクルスらの好物なんですよ。彼らには効果無いようで」
「それでもテーブルに置くもんじゃ・・・」
くらっときた。
頭がぼうっとしてきて目の前がぼやける。
そしてソファーに倒れこんだ。
「あらら、貴女には効果抜群みたいですね」
無防備にすうすうと寝息を立てるレナスをレザードは見下ろした。
「一口でここまで効果があるとは。何にせよ良い眺めですね」
すっと抱き上げる。
銀色の髪が指に流れ落ちる。
「情進クッキーなどそんな都合のいいものは存在しませんよ。睡眠薬入りクッキーです」
貴女が口にするよう少しばかり魔法をかけていただけですよ。
まんまと引っかかったレナスを彼は見つめ、微笑んだ。
「ヴァルキリーたる者がそんな無防備でいいんですか?
・・・貴女は誰にも渡さない。貴女は、私のものですよ」
そう呟く表情はもう微笑んでなどいなかった。
真剣な眼差しを眼鏡の奥に忍ばせていた。
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