キオク
「じゃあお母さんは店に出るけど・・・いい?くれぐれも安静にしとくのよ?」
「は〜い」
パタン。
部屋のドアが閉められたと同時に私は、は〜っと溜め息をついた。
「大丈夫ですか京さん・・・」
ベッドに寝てるっていうか寝かされてる私の顔をポロモンが心配そうに覗き込む。
「大丈夫なわけないじゃない〜」
うーと唸って再び溜め息をついた。
私は今、40度の高熱を出して寝込んでいる。
もちろん学校も休んでるわけだ。
突然の熱に家族のみんながビックリしてた。
私だって、何が何だかわからないし思い当たる節もない。
「あつい〜だるい〜・・・」
「京さん。もうしゃべらなくていいですから、ゆっくり眠ってください」
「・・・うん」
ポロモンの何気ない一言に、ちょっとじーんとしてる私。
ああ、人間風邪ひくと弱気になるものね・・・
私は熱くてまともに開けていられない目をゆっくりと閉じた。
「いったい、どうしたんでしょうね・・・」
ポロモンの呟きも、どこか遠い場所から聞こえてくる感じに私の意識はかすれていった。
ああ・・・熱いなあ・・・
『・・・京』
え?
私は誰かに呼ばれたような気がしてはっと目を覚ました。
頭がぼうっとしてる。
あやふやな意識のまま私は周りを見渡した。
青い空、白い雲、揺れる菜の花・・・
あれ?
私はもう一度目を閉じて、今度こそっと思いながら目を開けた。
でも広がるのはやはり同じ光景。
なんで?目を開けたら私の部屋のはずなのに・・・
これは、夢?
「なんだか、やけにリアルな夢・・・」
涼しい風の感触に、菜の花の揺れる音。明るい陽射し。
どこからか聞こえてくる川と思われる水音。
すべてが現実味を帯びていて混乱してしまう。
それに、ここはどこだろう・・・て思うのに、どこか懐かしい気持ちになる。
私がしばらくその光景を前に突っ立っていた、その時だった。
「京」
「え?」
突然背後から声がして私は反射的に振り返った。
そこにはメガネをかけた一人の男の子が立っていた。
「あ、あなたは・・・?」
そう言っただけなのに、なぜか心臓が激しく音をたて始めた。
ドクンドクンという音が体全体に、頭にまで響く。
何か・・・何か大切なことを忘れているような・・・
―クスッ
ふいに、男の子が小さく笑った。
「すまないが、思い出してくれないかな」
そう言って、彼は私の頬に両手をあてた。
私はまるで引き寄せられるように、目の前の彼の瞳に視線を捕らえられる。
その瞬間、凄まじい勢いで視界に画像の波が飛び込んできた。
まるで高速で巻き戻されるビデオの映像のように、それは私の脳を埋め尽くしていく。
「う・・・っ」
ひときわ眩しい光が目の前を覆った。
私は平衡感覚を失ってそのまま倒れそうになるが、
それをがしっと捕まえてくれた力があった。
ゆっくりと目を開けると、そこには優しく、でもどこか苦しげに微笑む
”彼”がいた。
「・・・治・・・くん」
もうろうとした意識の中、私はその名を呼んでいた。
彼はにっこりと笑う。
「ああ、そうだよ。僕だよ京」
懐かしい声。懐かしい、笑い方。
・・・思い出した。
治くんだ。
昔、私がもうちょっと小さいころにこの場所で出会って、
そしていつの間にか毎日一緒にここで遊ぶようになってた男の子。
でも、でも・・・
「なんでこんな大切なこと、忘れてたの・・・?」
忘れられないはず。
あんなに楽しかったのに、あんなに仲良しだったのに。
「・・・忘れていたんじゃないよ。忘れさせていたんだ」
「え?」
ばっと顔を上げる。
「どういう、こと?」
ズキッ
突然、頭に鋭い痛みにも似た衝撃が走った。
「思い出すんだ。・・・大丈夫、今の君ならきっと受け止められる」
「うう・・・っ」
痛い・・・痛い、頭が痛いよ・・・
私はまだ何を忘れてるっていうの?
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