『一乗寺さんの所の治くん、事故で亡くなったみたいよ』

 

頭の中に、誰かの声とともに赤みがかった映像が映し出された。

そこには小さい頃の私が、菜の花を持ったまま立ち尽くしている。

その目線は少し離れた道路端で話す人たちに向いていた。

『可哀想よねーまだ若いし、あんなに頭も良かったのに』

なに、コレ・・・

『いつものように遊びに出かけた帰り道で車に跳ねられたんですって』

やだ。

『確かこの辺だったわよね』

『この河原で小さな女の子と一緒にいるのを見たって人もいたわ』

・・・いやだ。

『きっとその帰りだったのね。この辺り見通し悪いし・・・』

 

「い、嫌だ嫌だ!!治くんは明日はきっと来てくれるよ!
最近来れなくてゴメンとか言いながらまた笑ってくれるよ!だって約束したもんっ!!」

「京・・・」


はっ

いつのまにか大声で叫んでいた私は、近くで呟かれた静かな声で我に返った。

手が、震えている。


「過去に、飲み込まれてはだめだよ。
僕は死んだけど、それは君のせいでも誰のせいでもない。僕自身の問題だ。
あっけない死が僕にふさわしかった。それだけのことだ」

「・・・っ!!」



無性に、腹が立った。

もういろんな記憶がごちゃごちゃに混ざり合う中、

わけもわからないまま彼の服をガシッと掴む。


「かっこつけないでよ!!私・・・私ずっと待ってたんだからね!
勝手に死んだりして、許さないんだから!!」

「京・・・」

「それに何よ!忘れさせたって何!?
私忘れたいなんて一言も言ってないよ!むしろ忘れたくなかっ・・・」

「京!!」


私は背中に力を受けて、そのまま彼の胸の中に引き寄せられた。

懐かしいにおいに包まれる。


「・・・悪かったと思ってる。勝手に死んで、勝手に君の記憶を封印して、
そして勝手に思い出させて・・・」


耳元で低く響く声に、私は心臓がさっきとは違う風に高鳴るのを感じた。

悲しくて、悔しいのに・・・ドキドキする。


「でも僕なりの決断は、君の記憶から僕という存在を抹消すること。
・・・それしか他に方法がなかった」

「どうして・・・」


声まで震えてしまう。

ぎゅっと、背中に回された腕に力が入る。


「君が、僕の死に対して責任を感じていたためだ。
それから君は笑うことができなくなった」

「・・・私が・・・?」


覚えのないことだった。

笑えない自分って・・・今じゃとても考えられない。


「そうだ。本人に自覚がなかったようだから記憶にはないだろうけど、
そのときの君はとても危険な状態だった。
生きる気力を失った者のたどり着く場所は、”死”のみだ」

「・・・・・」


私はゆっくりと彼の胸から顔を上げる。

メガネの奥の瞳は、昔と変わらず不思議な光を帯びていた。

彼はふっと微笑む。


「ふう、まったく・・・逝くに逝けなかったよ。
まさか死んでからも君の心配をすることになるとは思ってもみなかった。
最後まで世話の焼ける奴だ」

「う・・・」


優しく笑う彼と目が合って、なんだか何も言い返せなくなる。

彼は腕の力を緩めると下がってきた自分のメガネを押し上げた。


「僕はさ、君の成長の妨げになるのは嫌だったんだ。
だから、いつか君の心が強くなるまでという契約のもと、君の中から僕に関する全ての記憶を封印をした。
君には悪いことをしたね。」


それは違う。

私は治くんを信じてるからイヤだなんてこれっぽっちも思ってない。

でも、


「・・・それならそれで、ひとこと言ってくれればよかったのよ」


本音がボソリとこぼれた。

私は真面目に言ったのに、彼は一瞬驚いたような顔をするとプッと吹き出した。


「くくくっ、そうだな。「記憶を消したから」って言い放って逃げればよかった。
そうすれば面白く取り乱す京が見れたってわけだ」


クスクスと笑う。

でた!万年ひねくれボーズ!


「う〜いっつもそうやってヒトで遊ぶ!絶っっ対いつか返り討ちにしてやるからね!」


べーっと舌を出してやった。

また何か言われるんじゃないかと内心構えていたのに、何も仕掛けてこない。

治くんはにっこりと笑った。

 


「成長したな、京」


 

ポンポンと私の頭を軽く叩いた。

それだけのこと。

ただ、それだけの言葉なのに、

なんでだろう・・・目の奥から熱いものが込み上げてきた。

視界が揺らぎ、頬を伝って何かが流れ落ちる。


「おいおい、泣くなよ」


彼に言われて、それが初めて涙だとわかる。


「な、泣いてなんかないよ・・・泣いてなんか・・・・・うわ〜んっ」


止まらない涙を隠す余裕もなくて、私はただひたすら泣きじゃくった。


「・・・やれやれ」


溜め息が聞こえた、次の瞬間。

私のメガネがはずされて、驚く間もなく唇に何かが触れた。


「!?」


それは少しの間の後、ゆっくりと離される。

呆然とする私を見て、至近距離の治くんが笑った。


「はは、ファーストキスならすまない」

「お、治く・・・」


私はボッという音が聞こえてきそうなほど急激に顔全体の熱があがった。

治くんは昔からのクセで、またメガネを押し上げる。

そして、ふっと目を閉じた。


「・・・もう、時間だ」


彼はすっと私の涙をぬぐい、メガネを戻してくれた。

私はただ呆然とする。


「・・・高熱は、記憶の封印が解ける前兆。それが契約に伴うリスクの一つ。
生死を彷徨うことになってるが、この僕が君を死なせるわけがない。
さあ、目を覚ませ」


徐々に治くんの体が消え始めた。

私はビックリして彼の手を掴もうとするが、空気を掴むように空振りに終わる。


「ち、ちょっと治くん?ねえ待ってよ置いてかないでよ・・・
私に生死の境を彷徨わせといてさっさと行っちゃうなんて酷いじゃない?
もっと話したいこといっぱい・・・いっぱいあるのにっ!」

「はは、ばーさんになって、長寿を全うしたらまた嫌でも会えるさ。
安心しろ、こっちの世界では年齢も選べるから」

「えっちょ・・・っ何よそれ!
そんなこと聞いてないし私は美しいまま死ぬって決めてるんだからねっ!」

「言ってろ言ってろ」

「あ!バカにした!治くんっコラッ!ねえ待ってってば!治く・・・治ーーーーーっ!!!」