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「おい」
私はボーっとした頭の隅に、そう呼びかける声を聞いた気がした。
でもまだ眠いのよー寝かせてよー
「んー・・・あと50分・・・」
「50分も寝るのか」
「!?」
私ははっきりとその聞きなれない声を聞いて、がばっと起き上がった。
でもやっぱりまだ頭がぼーっとしていて自分がここで何をしてるのかも、ここはどこなのかも思い出せない。
「・・・あれ?ここは・・・」
「目が覚めたか。まったく良くこんな場所で眠れるものだ。どういう神経をしているんだ君は」
「!?あっあんた!!!」
「ん?」
「い、一乗寺賢!!?」
ど、どういうこと!?
なんで目の前にツンツン頭(超強力ハードジェル使用?)の自称天才デジモンカイザー一乗寺賢がいるの?
私は寝起きのよく回らない脳みそで一生懸命考えた。でも今のこの異常な状況に関して、何一つ説明のつくものは見出されなかった。
「僕はデジモンカイザーだと名乗ったはずだ。次からはそう呼んでもらおうか」
「なにそれ。あんたねー人をたたき起こしといて何勝手に命令してんのよ」
「たたき起こしてはいないけどな」
「へりくつ言うな!よーしっじゃあ私も命令!私の名前はデジモンクイーン。次からはそう呼んでよね」
「・・・変わった奴だな」
「う、うっさい」
私も今のはちょーっとネーミングセンスないかなー?って思ったんだから深く突っ込まないでよねっ!
あーもーなんだか顔が赤くなってきた気がする。集まらないで私の血液!
「・・・フッ、わかったよ井ノ上京。いや、デジモンクイーンだったかな」
「・・・やっぱ・・・忘れて・・・」
「ん?何か言ったか王女様?」
彼はクスクスと笑ってる。
だーーーっムカツクーー!こいつムカツクわーさすが敵キャラね!!
私は少し考える余裕ができていた。
このムカツク男が何でここにいて、何で私はそいつと会話してんのかはわからなかったけど
少なくとも私がここで眠っていたことと、そうなったいきさつだけは思い出せた。
確かにこんな命の保証もない所で熟睡できる自分はかなりスゴイと思う。
「で、そのカイザー様が何でこんな所にいるの?」
皮肉っぽく言ってやったのに相手は全然すました表情で口元に笑みまで浮かべている。
「ちょっと神経の太い生物を見物に来たんだ。思った以上に珍らしい種だったよ」
「・・・それ、私のこと?」
「ご想像のままに」
余裕顔!余裕顔!なによちょっと美形だからって!
「どーせっ神経図太いわよーだ!」
ふん!とそっぽを向いてやった。
「何だ、今度はすねるのか。つくづく見てて飽きない奴だな」
また笑われた。
・・・どうしてやろうかこいつ。
口で勝てないなら・・・実力行使?いくらなんでもそんなに私、野蛮じゃないわよ。うん。
ちらっと問題の男を見る。
なーんか弱点ないかなー
じっと観察。
「・・・僕の顔に、何かついてるかい?」
私の視線に気が付いて、彼がおもしろそうに尋ねる。
見つけた!弱点・・・かどうかはわかんないけど確実にやられて困るであろうこと!
「ていやーーっ!」
「な・・・っ」
ベシィ!!
私は奴のゴーグルをひっぺがした。
見たか私の華麗な早業!!ゴーグルはもらった!!(悪役じゃねーか)
「どーだ!王女は強いのよ!」
勝ち誇ってみる。
「・・・・・」
ゴーグルを剥がされた彼はゆっくりと顔を上げる。
「そんなものが欲しかったのか?」
なんか・・・全然こたえてなくない?
「え?そ、そう!欲しかったのこれ!やっぱ時代はゴーグルよねー」
「・・・本当に変な奴だな。まあいい」
にやりと意味深に笑う。
う・・・でもちょっとかっこいいかも・・・って何考えてんのよ京のバカ!!
私はふるふると頭を振って思考を正常に戻した。
顔に騙されてなるものか!
「そんなに欲しいならあげるとしよう。大事にしてくれ」
「ま、まじ・・・?」
弱点でも何でもなかったようだ。完全にすべったーやられたーっ
「でも交換条件だ」
「は?」
何と?と聞き返そうとした時、彼がどこに忍ばせていたのか、いつものムチを取り出した。
それで私を打つ気なんだ!
いやーーそんなモンで叩かれたら痛いじゃないのよ!もし乙女の肌に傷を付けでもしたら末代まで呪ってやるからねサド男ーーー!!!
私は恐さのあまり、ぎゅっと目を瞑った。
・・・・・
・・・・・
・・・・・・・・?
だけど一向に攻撃は降ってこない。
不思議に思っておそるおそる目を開けてみる。
あれ?顔の前に何か・・・
「だまされたな」
「!!」
なんと至近距離にサド男の顔があった。
くやしいほどに整った顔が意地悪く笑っている。
驚きのあまり声も出なかった。
そしてそんな私を尻目に、彼は私の顔に手を伸ばしてきた。
「これはもらっておこうか」
「あ」
文字通り、あっというまに私のメガネが彼によって奪われた。
一気に視界がぼやける。
「ふーん、結構度がキツイな。目が痛くなる」
そう言うや否や彼はメガネのフレームを外そうとしやがりました。
ならーーーん!高いんじゃワレーーー!!!
「ストップストップーーー!!」
私はぼやけ気味の視界の中で、青い男に向かって突進した。
・・・つもりだったのに不覚にも地面の石につまづいてバランスを崩してしまった。
「わ・・・っ」
ガシッ
あいたーー!
と叫ぶつもりだったのに、予想していた痛みは訪れない。
かわりに暖かくて不思議な感覚が私を包んだ。
「・・・まったく・・・危なっかしい王女様だ」
「!?」
ビックリして顔を上げる。
目と鼻の先、さっきよりもずっと至近距離にサド男(確定?)の顔があった。
今度は近すぎて焦点が定まらない。
またまたビックリして反射的に顔を反らした。
どうやら私は彼に支えられている状態らしい。
助けてくれたのだ。私が地面に突っ込む寸前に。
「・・・あ、ありがとう」
ひとまずお礼は言った。最低限の礼儀よね!人間として!
ちょっと悔しかったからそう自分に言い訳をして、
そしてかなり恥ずかしくて、私はパッと彼から離れた。
彼は、なんだ?という感じで私のほうを見ていたがやがて何かに気づいて「あ」と呟いた。
「・・・メガネが」
「えっ私のメガネがどうしたの!?」
「うーん、レンズは無事だな」
レンズは!?は!?
「壊れたの・・・?」
「どうかな。かけてみろ」
そう言って私にメガネを渡してきた。
それは砂まみれだった。
どうやら私をとっさに支えてくれた時に落としたらしい。
かけてみると、少しずれ落ちる。
どこか曲がってしまっているようだ。
だけど、
文句なんて言える訳、ないじゃない・・・
「んー大丈夫!あーやっぱりメガネがないと生きていけないわ〜」
「外したとたん死にそうだしな」
今みたいにな。と笑う。
うわー言い返せない・・・しかもなんだか笑い方が心なしか、優しい気がする・・・
でもこんなこと言ったら怒られそうだから言わないでおこう。
触らぬ神に何とやらってやつよ(ちょっと違う?)
「なんだか・・・ありがとね。あんたのことやな奴だとばっかり思ってたけど
違ったみたいだし」
「・・・それはどうかな」
彼は急に暗い顔になって横を向いた。
「今日のはただの気まぐれだ。こんなことで簡単に人を信じるな」
どこか真剣な目で私を見た。
冷たさが光る目。悲しみも・・・含まれていそうな色。
私は何故か彼の言葉に、素直に頷いていた。
そしてはっと思い出す。
「いけない!帰らなきゃ!!」
少し暗くなり始めている。もう夕方に近いのだろう。
私いったい何時間寝てたのかな。
「帰れないんじゃないのか?」
「・・・あ」
すっかり忘れていた。
そうだ。帰れないから私はここで眠ってしまっていたんだ。
目覚めた振りしてまだ寝ぼけていたらしい。
「あーどうしよう〜」
私はヘタリとその場に座り込んだ。
暗くなってきたからわかったのだが、夜のデジモンワールドで野宿というものは半端じゃなく恐いものがある。
「忘れっぽいな君は」
「どーせ忘れっぽいわよ〜」
言い返す気力もない。
「すねてないで立て。僕がゲートを開いてやるから」
「・・・え?」
「不満か?」
にやりと笑う。
「ひ、開けるの?」
「僕の辞書に不可能という文字はない」
「で、開いてくれるの?」
「・・・メガネを壊した詫びだ」
それだけ言って彼は歩き出した。
ばれてたんだ。メガネが少し曲がってたこと・・・
「あのテレビだな」
「え?あ、うん・・・」
スタスタと歩いていく。
私はこの展開に驚いて、その場に止まったままでいた。
「デジモンカイザーって本当は・・・」
そう言いかけたところで彼が振り向いた。
「帰りたいのか帰りたくないのか」
「も、もちろん帰りたいです!!」
「・・・なら早く来い」
再び歩き出した、我らが敵の後姿。
「なんだかわかんないけど・・・少しわかった気がする」
私は自分でも意味不明だと思える語を呟いて走り出した。
後姿に、向かって。
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