バレンタイン







「先生!」


「なんだねミス・グレンジャー」


授業を終え、いつものように乱暴にドアを開けて教室を離れていくスネイプをハーマイオニーは決死の覚悟で呼び止めた。


「これ、チョコです。先生に差し上げようと思って」


ぐいっと洒落た包みを差し出す。


「バレンタインという実にくだらぬ行事に染まっての戯言か?」

「くだらないって・・・キリスト教徒なら大事な行事ですよ」

「義理などに金をかける事が考え難いな。それに我輩は熱心なキリスト教徒ではない」

「でも・・・差し上げたいんです。授業でお世話になってますし(手を上げても無視されるけど)」

「我輩に取り繕うと思っても無駄だぞ小娘」

「そんなつもりでは・・・」


もはや取り付く島もない。
それでもハーマイオニーは食い下がった。


「義理、じゃなくてもですか?」


スネイプは口の端をあげてみせる。


「義理でないとしたら、なおさら受け取れんな。立場をわきまえよ。我輩はホグワーツの教師でありおまえはただの一学生なのだ」

「・・・」


そう言い放ちすたすたと歩き去っていく”教師”の背中を睨む。
(私だってあげたくないけど仕方ないじゃない!他のみんな(他授業の先生)は受け取ってくれたのに!)
ハーマイオニーは歩いているのに早いスネイプに追いつく。


「・・・なんだ。まだ用があるのかね」

「受け取ってくださらないのならこっちにも考えがあります!」


ふぅ、というあからさまな溜め息が聞こえてきた。


「あまりしつこいと減点するぞ」

「チョコごときで大人気ない!そうですよね先生のお気に入りはハリーですもんね!」

「人をホモ扱いするな。あれは嫌いだ虫酸が走る。おまえは成績はいいが態度が気に食わない」

「私がグリフィンドール生だからですか?」

「まあ、スリザリンに入っていればそれなりになっていただろうな」


嫌味臭い笑いを浮かべているとハーマイオニーがたたっと歩み出た。
スネイプは少し面食らって足を止める。


「私が”グリフィンドール生”だからチョコレートをうけとってもらえなかったんですか?」

「べつにスリザリン生からもそういう物は受け取っておらん」


些細な動揺を見抜かれまいと眉間にしわを寄せた。


「私は先生にだけあげてないことを後々ぐちぐちいやらしく言われたくないんです!」


正直者は馬鹿を見る。
ハーマイオニーは自分の発した言葉を後悔したが、時すでに遅しというもの。


「ほほう、ではぐちぐちいやらしく言われたくないために我輩に貧相な賄賂を渡そうと思い立ったわけか」

「ち、ちが」

「こんなことで減点するわけにはいかない。が、罰として」

「・・・何ですか?」


にやりと笑う。


「我輩の研究室の掃除を任せよう」


これにはハーマイオニーも絶句した。
人を寄せ付けないと有名なスネイプが自分の研究室の掃除を命令してきた。
態度はむかつくが好奇心が勝った。あの減点教師の憩いの場(?)が見れるのだ。
掃除の魔法なら知っている。そこでふと思い至った。


「あ、でも先生の魔法なら一発なのでは?」

「口うるさい本があってな・・・そいつらはどうも魔法で片付けられることを頑なに嫌がるのだ」

「そいつ”ら”ってことは不特定多数なんですね?」

「量が量だからな。この魔法学校において魔法を嫌がるとはけしからんが、まだ未熟なお前には丁度いいだろう」

「・・・ということは魔法は」

「もちろん使用禁止だ」


立ちくらみがした。
魔法が使えないなんて!
ありえない!と叫びたかったが、スネイプの嫌味な笑みと握り締めた小さな包みがその勢いを吸い取った。

「その本は何冊くらいなんですか・・・」

「千は軽いだろう」


再び立ちくらみがした。


「私一人でやれと?」

「我輩が立ち会ってやる。無理やり魔法を使われかねんのでな」

「そんなことしないわ!」

「他の者を我が研究室に入れる気はない。我輩は手伝う気はない。それでこそ罰と呼ぶにふさわしい」


ハーマイオニーはもはや反論する力も薄れていた。
そしてちょっと吹き出す。


「・・・何がおかしい?」


まだクスクスと笑っている少女を睨みつける。
その暗黒的な睨みも今のハーマイオニーには効かない(笑いをこらえるのに必死で)


「いえ・・・くすくす・・・先生が本に言いくるめられてる姿が想像できなくて」

「ば、ばか者。言いくるめられてなどいない!・・・燃やしてやると脅したがしょせん脅しは脅しだ。
貴重な文献を処分することもできんし、それをずる賢い本どもも知っている」


それを言いくるめられてるということを言ってやりたかったが、これ以上反論するとどんな罰が加せられるかわかったもんじゃない。
ハーマイオニーは笑いをこらえるとスネイプを見上げた。


「受けてたちましょう。私掃除は得意なんです!」

「・・・掃除に得意不得意などあるものか。せいぜい頑張りたまえ、噛み付かれん程度にな」


不機嫌な顔をさらに険しくさせてスネイプはすたすたと立ち去った。
残された者はまだ可笑しそうに肩を震わせていた。


「ずる賢いって・・・先生に似たんじゃない?」


その手には、渡し損ねた可愛い包みが握られていた。