運命の歯車









どんよりとした夜だった。


別に天気が悪いわけでも、雲が張り詰めているわけでもない。
でも何か悪いことが起こりそうな夜だった。



「大丈夫か…そんなに心配するな、奴も優秀な忍びだ。そう簡単には死なん」

「うん…」

「おまえが心配して後を追ったとしてもそれは足手まとい以外の何者でもない。
薬士であろうと治療はできないんだ。戦いに女はやはり邪魔なだけなんだ」

「…そう、なの」

「ん?」

「心配することがそんなに駄目なの?」

「わしはそう思うな」

雅之助の言葉はいつも正しい。
でもどんなに足手まといになるとしても。

「私は行く」

「…」

「止めないんだ」

「無駄な足掻きはしない主義だ」

「ありがとう」


そう言って横で寝ていた少女の気配が消えた。


「縛り付けてでも止めるべきだったのか。 そこまで立ち入ることはわしには許されていない。
。おまえの無事を祈る」













息を切らして走った。


追いつけるだろうか間に合うだろうか、彼は無事だろうか。

卒業して初めての任務。
敵陣に忍び込み将軍を殺せという残忍だが特別な仕事だ。
大事な任務を失敗はしないだろうが、向こうもそれなりに反撃してくるだろう。
そうやすやすと捕まる男ではないが、は心配だった。
この胸騒ぎは何なのか、潮江文次郎は無事なのか。


夜道は暗い。月明かりだけが頼りだ。
しかし徐々に雲が月を隠していく。


「雨…こんなときに!」


行く手を阻むように激しい雨が降り出した。
地を蹴るたび泥が散る。
でもこんなところで止まれない。止まれば何もかもが終わってしまう、そう思った。


「文次郎ーーー!!!」


叫んだ。返事はない。
そのことがどういうことか、の背中に冷たいものが走った。


「どうして…返事をして…」


不安に押しつぶされそうになりながらがむしゃらに走った。
雨が刃のように体に降り注ぐ。


「あっ」


泥に足をとられ派手にこけてしまった。
このままここで野たれ死んでしまうのかと思った。
それほど消耗し雨に体温を奪われ、でも、それでも。


「おまえは…こんな何もないとこでコケてんなよ」


聞き覚えのある声が響いた。


「文、次郎?」


顔を上げると傷だらけの男がこちらを見下ろしていた。


「よう。呼んだか?」


その男は皮肉っぽく笑う。
学園生活では見られなかった大人びた笑顔。


「良かった…生きてたのね……」

「この俺が死ぬわけないだろ」

「そうね…そう」


倒れこむ直前で文次郎に支えられた。


「おまえ、熱いぞ。薬士のくせに風邪ひくんじゃねえ」

「あんたこそ傷だらけじゃないっ」


傷だらけの男の破れた服を掴む。


「いでえーー!何しやがる!?」

「人のこと言ってる場合じゃないでしょ!早く傷跡見せて!」

「お、おまえな〜その言葉そっくり返すぜ!!」

「いいからどこか…雨宿りできるところに連れて行って」


なんだこの態度は。

文次郎はしぶしぶうずくまるを抱き上げた。やはり熱い。
この雨の中さまよっていたんだから仕方ない。


俺のせいか?


雨から守っているつもりだったが、雨ざらしになった時間は長かったらしい。


俺のせいだな。




雨は止みそうになかった。