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廃寺に着いた。

戸を開けるがもう何年も誰も使ってないのか壊れそうな音がする。
床もきしみ、埃だらけだ。
そこにゆっくりとを横たえた。



「…ここなら、薬が塗れるわ」

「なんだよ、起きるなよ」

「文次郎、上着脱いで」

「あ?襲われてーのか」

「バカ言ってないで早く脱いで。傷だらけなの、気付いてるでしょ」


無言で上着を脱ぐ。
想像以上に無数の傷が現れた。
想像以上に深い傷もあった。
まだ生々しく血が流れている。


「これを…。背中は私がやってあげるから」


差し出されたのは小さな器。
塗り薬としても使用したことがある。
何種類もの薬草をすりつぶしたものでの家に代々伝わるものだ。


「おい、おまえ熱が」

「私は大丈夫。早くこれを塗って」

「…すまんな」


背中に回って塗り始めると文次郎は痛そうに顔を歪めた。
近くで見るとけっこうひどい傷だ。
射られた弓がかすめたんだろうか、それは無数の擦り傷となっていた。


「…一つ聞いていい?」

「あ?」

「敵陣に乗り込んで、将軍を殺したの?」

「…」


彼は塗っている手を止めた。


「すんでのところでしくじっちまった。向こうも優秀な忍びを雇ったみたいだな」

「そう…」

「何でそんなことを聞く?」


鋭い目で睨まれて彼が忍びであることを再認識する。


「は、はい終わったわ!」


ばんっと背中を押す。でも彼は痛がりもひるみもせず振り向いた。
その眼には獣のような光があった。


「質問に答えろ。おまえ本当にか」

「なに?あたりまえでしょう!なに言っ…」


いきなり彼がのしかかってきた。


「服を脱げ」

「はあ?ちょっ」

「脱がないなら脱がせるまでだ」


ぐっと襟元を掴まれる。
雨を含んだ服は体に張り付き冷え始めていた。


「や!文次郎っ」


抵抗もむなしく、服は剥ぎ取られた。


「…何もないな、本物か」

「ば、ばか!少し考えればわかるでしょう!?」

「いいじゃねーか別に。これでその雨ざらしな服を脱げたわけだ」

「そうだけど…もう、ここには代わりの服もタオルもないんだから」

「襲われねーうちに帰んな。わかっただろ本気の俺の力にはおまえはかなわないんだよ」


確かに。
彼が本気を出せば私をどうにかするくらい赤子の手をひねるより簡単だろう。
だが別に怖いとかは思わない。
私は薬士だ。
何をされようが私は彼を見捨てることはできない。
怪我人を放ってはおけないのだ。


「将軍を殺せなかったんでしょう。それで済まされるの?」

「…決して許されないことだ。忍びのレッテルを剥がされ俺は殺されるだろうな」

「帰らなきゃいいじゃない!」

「抜け忍は一生その命を狙われ続ける。
その害は身近な者を巻き込む。俺はおまえを巻き込みたくはない」

「だからって…殺されるとわかってて戻るの!?」

「それが定めなら俺は受け入れる。
もともと敵地侵入なんざ危険極まりない任務だ」

「ばっかじゃないの!?」


は立ち上がった。


「何が定めよ!かっこつけてんじゃないわよ!」

「けっうじうじ生き延びるなんざ考えられねーな!」

「何よ男は決まってそう言うのね。残される者の身にもなってみなさいよ!」

「知るかそんなもん!第一俺は一匹狼なんだよ、ほっといてくれ!」


そっぽをむく男は聞く耳持たぬとばかりに仏頂面になる。


「その狼を心配する者もいる、のよ…」


急にトーンダウンしたを不審に思い振り向くと床に手を着く彼女が目に入った。


「おまえ…大丈夫かよ?」

「だ、大丈夫よ…怪我人は、寝てなさい」

「………おう」


やけに素直に感じたがは襲い掛かるめまいと闘っていてそれどころではなかった。
雨に濡れ続けたためだと思われる。

急に強い力で引っ張られた。
朦朧とする意識の中、消毒液の匂いが鼻をついた。


「も、文次郎…?」

「おまえの肩を隠すすべはないが病人は寝てろ、俺も少し寝るから」


相変わらずの仏頂面だったが少し赤かった。
膝を枕にして寝ろといった文次郎は座ったまま寝る気だ。
恐らくいつでも奇襲に反応できる体勢でいたいのだろう。
本当はしっかり寝て欲しいが忍びとはそういう生き物だと言われたことがある。


「…ねえ文次郎」

「ん?」


膝からぬくもりと共に声が響く。


「なんで遠くに逃げなかったの?」


ここは将軍のいた城からは離れているが敵陣の中だ。
文次郎の足なら軽く遠くに逃げられただろう。
見ると表情はいつもどおりだったがどこか苦しげだった。


「さっきも言ったが俺は敵の将を殺せなかった、つまり任務失敗だ。
帰る場所がないからさまよっていた、そういうことだ満足か」


切り離したような言い方。
忍びとはそういうものなのか。
一度の失敗でもう味方が味方でなくなるのか。
は目が熱くなるのを感じた。


「なんで…泣くんだ」


涙が溢れ出していた。
憐れみの涙か、彼を憐れんで泣いているのか。
誰かを殺すことでしか自分の居場所を見出せない男を憐れんでいる?

私はそんな立派な人間か…


「…道に迷ったら私の所に来て。そんなことしかできないけど」


彼を見上げた。


「私はずっとあなたの味方だから」

…」


抱きしめられた。
そのまま唇を合わせる。


「…やべえ、襲いたくなった」

「!だ、だめ!」

「なんでだ?」

「な、なんででもよ!だめったらだめ!」

「冗談だ」


けろっと言う男から思わず視線をそらす。
きっと赤くなっているから。


「おまえも医者の卵ならちょっと考えればわかるだろ。
この傷で女を抱けるわけがねえ」

「薬士よ!」

「なんでもいいが悪いな抱いてやれなくて」


これにはもぷちっときた。


「どーのー口がそんなことを言うのかな〜?」


ぎゅうと頬を引っ張る。


「あだだだだ、悪い悪い悪かった!」

「まったく!」


は手を放し、くすっと笑った。


「別に文次郎なら構わないけどね」

「へ?」


あっけにとられた表情。


「怪我が治ったらね」

「ま、まじかよ…じゃあ即効で治さないとな」



それは冗談のようで、けっこう本気だったり。








書き逃げ

なんか暗いのを書いてみたくて…
でもなんだかギャグ?
不発だ…



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